雅子さまの若い頃の彼氏は誰?元彼だと噂になった外務省男性や交際歴も

令和元年5月1日に皇后となられた雅子さま。

以前は雅子さまの体調が思わしくなかったことから皇后となられることを不安視する声もありましたが、そんな心配をよそにすでに素敵な皇后さまとしての一歩を踏み出していらっしゃいます。

そもそも、天皇陛下と雅子さまの交際やご結婚のきっかけは何だったのでしょうか。

天皇陛下のお眼鏡にかなうほど素敵な女性である雅子さまなら、他の男性からも引く手あまただったはず。

今回は、雅子さまの若いころの彼氏や、元彼だと噂になった外務省男性、交際歴について調べてみました。

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雅子さまの若い頃の彼氏は誰?

雅子さまが天皇陛下とご結婚されたのが29歳のときです。

いまは29歳で結婚というと全く遅くないですが、30年前の基準としては少し遅いように感じますね。

ただ、27歳のときには当時皇太子だった天皇陛下からのアプローチがあり、さまざまな状況を整えた後のご結婚でしたので、実際はそこまで遅いというわけではありません。

雅子さまほどの美人が27歳までフリーだったというのが信じられませんが、当時の雅子さまは外務官。

しかも、東大在学中に外交官試験に合格して入省というスーパーエリートですので、よっぽど自分に自信がある男性でないと言い寄れなかったのだと思います。

さらに、現在よりも「女性は結婚したら家庭に入るべき」という考え方が強かった時代ですから、キャリアウーマンである雅子さまを敬遠する男性もいたと思います。

とはいえ、恋人の1人や2人はいらっしゃったでしょう。

…と思うのですが、雅子さまの交際歴については信頼できる情報がほとんどありません。

スマートフォンが普及し、「国民総カメラマン」の現在と違って取材はマスコミにお任せの時代なので、何も証拠を掴むことができなかったのでしょうか。

反対に、個人情報やコンプライアンスにうるさくないので、どんな手段を使ってでも調べ上げられるかと思ったんですけどね。

もしかしたら、雅子さまの彼氏についていろいろ握ってはいるものの、将来の皇后候補に関わることなので宮内庁から報道NGなどが出されていたのかもしれません。

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元彼だと噂になった外務省男性も

そんな中で、雅子さまの元彼ではないかと噂された人物を発見しました。

奥克彦さんという、雅子さまより5歳上の男性です。

ただ、この方は2003年にイラクで職務中に亡くなられています。

また、奥様やお子さんもいらっしゃった方なので、あまり触れないでおきますね。

というのも、雅子さまと親しかったという情報があるだけで、具体的なエピソードや証拠は何も残っていないのです。

外務省への入省は雅子さまより6年前、外務省の研修留学で雅子さまと同じオックスフォード大学に行かれていますが、時期は別々です。

このように、雅子さまとこの男性の接点すらわからないんですよね。

もちろん外務省という共通点はありますが、外交官の仕事の場所は国内外問わず数多くありますので、同じ建物、同じフロアにいたことがあるかどうかも不明です。

個人的には、この男性が雅子さまの元彼というのは作られた話ではないかと思っています。

2004年に適応障害と診断された雅子さまですが、その原因として2003年の奥氏の訃報がショックだったのではないかと言われているんです。

ひとつの原因から適応障害が発生するわけではないので、この推測はこじつけにすぎません。

雅子さまの体調不良の原因を探っていた誰かが、奥氏の死と結びつけるためにお二人が親しかったという仮説をたて、それが広まってしまったのではないでしょうか。

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これまでの交際歴や天皇陛下との馴れ初めも

ここまでみてきたように、雅子さまは天皇陛下以外の男性との交際の噂はほとんどありません。

どうして天皇陛下とご結婚されるに至ったのか、馴れ初めをみていきましょう。

天皇陛下と雅子さまが初めてお会いになったのは、1986年、天皇陛下が26歳、雅子さまが22歳のときです。

スペインのエレナ王女の歓迎レセプションでお会いになったお二人ですが、この時、雅子さまは父親である小和田条約局長令嬢としての参加でした。

しかし、実はこの会遇はお見合いとして仕組まれたものだったというのです

天皇陛下が17歳のころからお妃選びがはじまっていたと言われていますが、26歳の当時もお相手がいらっしゃらなかったのですからこの出会いがお見合いだったとしても不思議はないですね。

ここで雅子さまに惹かれた天皇陛下はアプローチを開始

同じ年の12月には、東宮御所で行われた年越し会問名目の内輪の会に、一家で招待されています。

雅子さまのご両親も交え、外堀から埋めていこうという意図が感じられますよね。笑

雅子さまはその後も何度か天皇陛下に招かれ、パーティーに参加したり食事を共にしたり、24歳の誕生日にはご実家に天皇陛下からの花束が届けられたといいます。

この時点でお二人の気持ちが決まっていたのかと思いきや、その後5年間は動きがなく、天皇陛下は他の女性とのお見合いも進めていたご様子。

しかし、天皇陛下は雅子さまのことが忘れられず再度アプローチされるのです。

ここでも気持ちが定まらないという理由で一度お断りされるものの、その後雅子さまは天皇陛下からの求婚を受け、婚約内定となりました。

天皇となる方からの求婚を断る雅子さまも、それでも諦めずにアプローチを続けた天皇陛下もすごいですよね。

頑なだった雅子さまの心を動かしたのは、『雅子さんのことは僕が一生、全力でお守りしますから』という天皇陛下のお言葉だったそう。

それまでは実力で輝いてこられた雅子さまにとって、男性から守るという言葉をかけられたのは新鮮だったのかもしれません。

雅子さまでなくたって、一生全力で守るなんて言われたらこの人についていこうと思います。

それが一個人でなく、時の皇太子から言われようものなら相当の覚悟が伺えたことでしょうね。

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まとめ

雅子さまの交際歴と天皇陛下との馴れ初めについて調べてみました。

美しく聡明な雅子さまが天皇陛下とお会いになるまでお相手がいらっしゃらなかったとは考えにくいですが、特定の方と交際されていたという情報は出てきませんでした。

22歳の雅子さまにお会いになった天皇陛下はその魅力に惹かれてアプローチを開始。

簡単にはいきませんでしたが、7年の年月をかけて結婚まで進まれました。

お言葉通り、これまでも雅子さまをお守りになってこられた天皇陛下ですが、これからも仲睦まじく支えあっておられる姿が見られたらいいなと思います。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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